一千年。
何ともまぁ、残酷な数字だとは思いませんか。
人間の営みからすれば途方もない長さなのに、永遠にはまるで足らないのです。
これが私の生の長さだと思えば――溜め息の一つくらい出ます。
人に比して遠大な寿命を持てば、大抵の反応は二つ。
欲に塗れた輩であれば「そんな生を持ち得れば」と羨むか、ちょっと訳知り顔の奴であれば「それはさぞ辛かろう」と憐れむか。
もっとも、私の傍にいるような奴らはとりわけ変わっているので、そのどちらでもありませんでした。
全く無感動でした。
思えば、私は彼等のそういうところが、嫌いではなかった――今更、見栄を張っても無駄ですか――好ましく思っていたのでしょう。
とりわけ、貴方に「他人の事情なんて、斟酌しきれるものじゃァないでしょう」と言われたのは、ちょっとした衝撃でした。
人好きの顔をする癖に、自分の尺度というのをまるで曲げないヒトでしたね、貴方は昔から。
しかし、そのとおりです。
生きとし生けるものは、初めから命の枠というものが与えられている。ただその長さが違うだけのこと。
そう、たった、それだけのことなんですよ。
ただ私は、他人より長く生きねばならない分、永遠という言葉だけは、どうにも信じられませんでした。
永遠というだけ、余計言葉が軽くなる。絶えないものはない。始めから偽だと分かりきった命題です。
何気ない日常の会話でした。
「何も、本当に永遠に続かなくても良いのサ。当人達が、永遠なのだと信じられるのなら、それで」
貴方は、そう言いながら小さく笑いました。
「生というのは、ほんの一瞬じゃない。それを永遠にするために生き物は生きているんだと思うんだ」
私は眉を顰めました。土くれだっていつかは風化するんです。人間よりよほど長い尺度を持つ星だって、しまいにはブラックホールと化すんです。
そんな夢みたいな話を、信じられるわけがないじゃないですか。
「できる。できるからおいらは此処で生きているのサ」
どういう意味ですか、と私は問いました。
「生ってのは限られているけれど、その短い一生の内に、いろんなものを残せるじゃない。形のあるものでも、ないものでも。その中で、自分が居なくなった後でも残るものを作ろうとする――本能という部分でもネ」
あとは、ただ黙って聞いていました。
「生き物は血を残せる。誰かと関わって多かれ少なかれその影響を受けて、脈々と血を繋いでいくんだ。種が始まってからの膨大な時間をそうして繋いできたし、これからもそう。ね、秋菊サン。あんたの一生分の時間なんて足元にも及ばない長さの話だ」
取った手が妙に冷たいのが気に掛かりました。そう寒い季節でもないのに。
「いつ始まったかも、いつ終わるかも誰も知れない。いつか絶えないわけじゃないけど――それを永遠と思っても、悪いこたァないサ」
何故かその言葉に、耳の奥がざわりと鳴りました。
風の音のようでした。血の巡る音だったのかもしれません。
知っていました。しかし、知るという事と分かるという事はまるで別のものなんです。
私はきっとその時になって、貴方の言葉で、ようやく思い知ったんです。
生きとし生けるものは、初めから命の枠というものが与えられている。
ただその長さが違うだけのこと。
「おいらはどうしたってあんたと同じには生きらんないけど、」
私の想いを引き取るように、貴方はいつものように微笑みました。
こういう時決まって、何もかもを見透かすようで、それでいて酷く穏やかな目をするんです。
「代わりに残せるものもあるって、信じたい」
最近、こんな夢を見ました。
秋の夕でした。
赤蜻蛉が飛び交う中で、薄が揺れる、ただの秋の光景でした。
草っぱらがありました。
伸び放題の草は如何にも緑で、その中に少し湿った灰色が一つだけひっそりとあるのです。
丸い石でした。その石塊に、花が捧げてあるのです。
赤々とした彼岸花と、眩いばかりの金をした菊花は見事な八重咲きでした。
真っ赤な情景の中で、一人の少年が立っていました。
私は、彼の顔を覗きこむのです。彼には、私など見えていないようでした。
見たことのない少年でした。頭をどう逆さまにしても、記憶にない少年でした。
でも、目だけ。
目だけは、妙に懐かしく思えたんです。
何もかもを見透かすようで、それでいて酷く穏やかな。
花で飾られた墓標を、私はてっきり、貴方のものだと思っていたのですが――あれは、私の為のものだったのかも知れません。
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多少後半『夢十夜』パロのようになりました。
また夢の話ですか。本当に毎度同じようなオチですみません。
ほるとは自分が秋菊よりどうしたって先に死ぬのは分かっているけれど、子孫を残すとか間接的な形で秋菊が寂しくないように出来ればいいなと思っている。
[1回]
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