彼岸花が群れ咲くその場所は、どうやら墓地らしかった。
燃えるような赤に、秋の訪れを感じる。
しかし、その赤は余りにも鮮やかで――綺麗ではあるが、何処か恐ろしさもあった。毒花と思えば尚更。
伸べた手で、そっとその花弁に触れてみる。
それなのに、隣から伸びた白い手は、無造作にそれを手折った。
「随分無粋な真似をするネ」
ほるとが言うと、秋菊はにぃ、と悪戯っ子っぽい笑みを浮かべた。
指先で、くるりくるり、と風車のようにその花を弄びながら。
「たかが花じゃないですか。それとも、そんなにこれがお気に召しましたか?」
放られた一輪が、空を切って、ほるとの手に収まった。
「そうダネ――ぞっとするほど綺麗だと思うヨ」
何処かの誰かさんを思い出した――なんて幾らなんでも本人を前に言える筈がないが、そう返した。炎の色に似ている花は、見かけによるのかよらないのか、毒があって、由来は知らないが狐花ともいうらしい。
彼岸花は、辺り一面に咲いていた。
秋の夕日に、花弁どころか茎までも赤く染まっている。
彼岸ってのがこんな綺麗な場所なら、それはそれで悪くないのかも知れないと、そんなことを考えた。
「気に入ったのなら、貴方が死んだら供えてあげますよ」
ほるとの心の内を知ってか知らずか、秋菊は言った。
女性にしてはやや低めの、しかし澄んだ声。耳元でぽつりと、妖しく、艶やかに響く。
「見送るのは、きっと私でしょうから」
それが宿命なんて言えば聞こえは良いけれど、明け透けに言ってしまえば生きる時間が違うのだ。
八百年という時は、ほるとにしてみれば久遠に近く、秋菊にしてみれば単なる一生涯の長さに過ぎない。
永遠ではない、悠久の年月。
何故だか彼岸花の色が、先程よりも深まって見えた。血の色みたいだ。
「そうダネ、それも悪くないかも知れない」
自分がいなくなったら、なんて傲慢な想像だ。
独りで生きていけない程神経の細いヒトではないし、さっさと他の誰かを見つけるかもしれない。
そう思いながらも悪くない、と思ったのは、少しだけその瞬間を信じてみたい気がしたからだ。
たったこれだけの、頼りない約束。別に、破ったら破ったでいい。
ここに二人でいて、なんて事のない話をして、くだらない戯れを弄する――“今”という時間が、いつか遠い未来に残せるということを。
「彼岸花の花言葉って知っていますか?」
先程までとは全く違う調子で、秋菊は言った。
こういう時の秋菊の声には何か、悪戯をする子供のような響きを含む。
ほるとには、今彼女が思いついたであろうそれが、何かはわからなかった。
でも、いつもと少し違って照れ隠しみたいなものを感じた。夕焼けの所為で、はっきりとはわからないけれど。
「なんかおどろおどろしい感じの?」
「そういうのもありますけど」
「さて、ネ。おいらあまりそういうのは詳しかないんダヨ」
「じゃあ、知らないままで良いです」
「何それ」
燃えるような赤。
やがて、深い色の影を帯びて紅へ。
もうじき、夜の帳が下りる。
「ねえ、ほると。私は、輪廻転生というものを信じてはいないんです」
「奇遇ダネ、秋菊サン。おいらもだ」
秋菊が、いつもするようにほるとの髪に顔を埋める。
身長的に丁度いいらしいが、それ以上に、秋菊は今顔を見られたくなかった。
自分は天邪鬼だというのは百も承知だが、どうにも願いごとというのが苦手だ。
赤い彼岸花が風に揺れる。
「綺麗ですね」
「うん」
多分、この先いつまでも、こんな色で咲くのだろう。
どこまでも濃く、鮮やかなままで。
----------------------
彼岸花
「情熱」「恐怖」「独立」「再会」「あきらめ」
「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」
[0回]
PR