――どうして花が降ってくるのだろう
降っているのではなく、散っているのだ。
時が過ぎるから。そのままではいられないから。
辺りを見回しても、己の他に影はいない。
――どうして、誰もいないのだろう
寂しい、ただ一面の白。その中に、己と桜の木だけがあった。
そうして、ああ、これは夢なのだと気が付く。
ひとりぼっち。
途方もないその五文字半、に膝を抱える。
まるで、小さな頃のようだ。
こうして、世界にたった一人置き去りにされたような気になっていた。
何故、自分は泣いているのだろう。
涙が落ちるたび、その分だけ降っていた花弁がまた桜に吸い上げられていった。
その花弁は、再び花のかたちをつくって、雲のようにふくれていった。
小さくなっていく、自分の手。
手だけではない。
見上げたその枝が、花の雲が、とおくなっていく。
これではまるで、本当にこどものころのようだ。
とほうにくれて、ひざを抱えたままで丸まった。
いやだなあ。
いやなことばかり思い出す。
あのときも、さくらがさいていた。
たびのはじまりも、すぐにきたおわりも、もういちどのはじまりも。
いつも、さくらがさいて、道にふりそそいでいた。
きれいだと思ったその花も、なぜかいまは――このゆめの中では、そう思えない。
なぜだろう。
なみだは、どうしたってとまらなかった。
きっとさびしいのだろう、といったのはそのさくらの木だった。
――どうしてさびしいのだろう
ひとりだから、とさくらの木にこたえた。
――どうして、ひとりなの
あのひとは、いなくなってしまった。
風がふいた。
さくらの木は、人のかたちになった。はなびらのかわりにこえがふった。
だいじょうぶ、とその人はいった。
ほんとうに?とききかえす。
もう、だいじょうぶ。その人は聞きなれたこえでいった。
その人は――
今更。
どうして今更になってこんな夢を見たのだろう。
目が覚めても、僕は桜の木の下にいた。
花弁が降る。夢の中と、ちょうど同じように。
また巡ってきた季節に、こんな夢なんて何の因果だ。
六界がいなくなって、最初の春の事だった。
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